言いたい放題!KO-1's Blog

古今東西の好きな音楽などを中心に徒然なるままに・・・

DOCTOR CLAYTONの初録音について真面目に検証してみる

 個性的なルックスと独特な歌唱方のシンガー、ドクター・クレイトン (Doctor Clayton:1898.04.19.-1947.01.07.) といっても、はたしてどのくらいの人が知っているのか見当もつかない。B.B.キングが好きな歌手の筆頭にあげているようなシンガーなんですけどね。
 まぁ、知られていようが知られていまいが好き勝手書いているだけなのであまり関係ないか・・・
 本名は "PETER J. CLAYTON" または  "PETER JOE CLAYTON" と表記されている資料が多いのですが、手元にある彼のSP盤を見ると曲の作者の表記が "Joe Clayton" となっているので "J." は  "JOE" の略でしょう。
 最近の資料を見るとジョージア州生まれでほぼ統一されているようですが、生前の本人は「南アフリカのケープ・タウン出身」と言い張っていたというのはロバート・ロックウッド談 ("The Man Who Made the Music" edited by Jas Obrecht ほか)。両親がアフリカから移住してきたという可能性はあるようです。
 また、かなりのアルコール依存症だったという証言も多い。

 ところでこのドクター・クレイトンの初録音は1935年07月27日のシカゴ録音とされている、というか、されていました。現に日本ではP-VINE、海外ではDocument RecordsのCDが1935年の録音を起点として編集されています。

P-VINE PCD-5774 "DOCTOR CLAYTON / Angel In Harlem"[1999.04.25.(Japan)]f:id:koichi65oba:20180420162959j:plain

Document DOCD-5179 "DOCTOR CLAYTON / Complete Recorded Works 1935-1942 In Chronological Order" [1993.(UK)]f:id:koichi65oba:20180311142614j:plain

 戦前のブルースのディスコグラフィーとして最も信頼のできる "BLUES & GOSPEL RECORDS 1902-1943"Compiled by ROBERT M.W.DIXON & JOHN GODRICH [THIRD EDITION:1982.](以下「旧版」とする。) でも1935年の録音を初録音としていますが、直前に2曲のみ録音を残した "JESSE CLAYTON" なるシンガーの名前が記載されており、この録音が1930年09月09日。そして注釈として「This singer has a high-pitched voice. It has been suggested that he/she is Jennie Clayton, who recorded with the Memphis Jug Band, or Jesse (Kaiser) Clifton, or Peter J. Clayton. No definite information is available.」と記されています。
 ところが最新版 (といっても1997年出版) "Blues & Gospel Records 1890-1943" Compiled by Robert M.W. Dixon, John Godrich and Howard Rye [FOURTH EDITION: 1997.] では "PETER J. "DOCTOR" CLAYTON" としてドクター・クレイトン名義の録音といっしょにまとめられて、 "JESSE CLAYTON" 名義の1930年録音が筆頭にあげられています。注釈も「This artist appears in the Victor files as Peter J. Clayton and Joe Clayton.There seems little doubt that Peter Cleighton and Jesse Clayton are the same artist.」と書かれている。 P-VINEのCDが発売されたのはこの改訂されたディスコグラフィーのあとなので日本盤CDの解説を見てみると、1930年の録音についても触れられていて、「聴いていないので分からない」というようなことが書かれていて判断保留、さすが小出センセイ逃げ方がうまい (『ブルースCDガイドブック2.0』では1930年録音を含むDocument RecordsのCD "PIANO BLUES VOLUME 2 (1927-1956)" [DOCD-5220] が取り上げられており、ヴォーカルはドクター・クレイトンとしている。)。

 では、なぜ旧版で候補に挙げられたシンガー2人 Jennie ClaytonJesse (Kaiser) Cliftonが外れたか?これは一聴すれば容易に分かるはず。
 Jennie ClaytonJesse (Kaiser) Cliftonは、ともにおそらく地声がそもそも高音域で、曲全編にわたって高域で歌っているが、Jesse Clayton はときおりファルセットに移行する歌唱法。実際のところはファルセットというよりも声がひっくり返っちゃった感じで、これはドクター・クレイトンの特徴的な歌唱法でもある。1930年のこの録音では、まだ荒削りな歌唱ですが、ドクター・クレイトンとみて間違いなさそう。
 Spotifyで「Jennie Clayton」「Kaiser Clifton」「Jesse Clayton」で検索すればヒットするので興味のある方は是非!
 Jennie Clayton がメンフィス・ジャグ・バンドに参加したときの録音はこちら
 Kaiser Clifton 名義の唯一の録音のディスコグラーフィーはこちら

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 JESSE CLAYTON ドクター・クレイトンの変名での録音という可能性は高いものの積極的な証明はないわけで・・・ 

 いちおうディスコグラフィー上で1930年09月09日シカゴでのVocalion/Brunswickレーベルへのレコーディングをあたってみた。

 JESSE CLAYTONこの録音は2曲、マトリックス番号はC-6080とC6081
 直前のマトリックス番号C-6079タンパ・レッド  (TAMPA RED) の録音で曲は "SHE CAN LOVE SO GOOD" 1曲のみ。Vocalion 1540として "TAMPA RED AND HIS JUG BAND" 名義で発売されているが、実はこの曲は同年8月に録音した曲の録り直し。そちらは発売もされていないし、テスト盤も発見されていないので、完全な没テイクとして処分されたと推測できる。
 ただし、ディスコグラフィー上の録音日は年月日のアタマに "c." が付く。 "c." は"circa (おそらく)" の略で、ディスコグラフィーではよく使われる。

 さらにその前のマトリックス番号をたどると
C-6069~C-6074  WORLD FAMOUS WILLIAMS JUBILEE SINGERS (c.6 September 1930)
C-6076~C-6078  SAM AND OSCAR (c.September 1930)
となる。

 1曲の録り直しのためにわざわざスタジオを稼働させるということも考え難いし、録音のスケジュールを組む上で録り直しはその日の最初にもってくるのが自然であろうというのは全くの私見であるが、やはり09月09日の録音はタンパ・レッドではじまったと考えておきましょう。
 ちなみにJESSE CLAYTONの後の録音は
C-6082~C-6083  MEMPHIS MINNIE AND HER JUG BAND
C-6084~C-6093  LEROY CARR 
と続く。

 再度、整理しておきましょう。1930年09月09日シカゴでのVocalion/Brunswickレーベルへの録音
C-6079  TAMPA RED AND HIS JUG BAND
C-6080~C-6081  JESSE CLAYTON 
C-6082~C-6083  MEMPHIS MINNIE AND HER JUG BAND
C-6084~C-6093  LEROY CARR

 これらのミュージシャンを見て気づくのはタンパ・レッドメンフィス・ミニーリロイ・カーはいずれもタレント・スカウト兼プロデューサーのレスター・メルローズ (Lester Melrose) と契約していたということ。もちろんドクター・クレイトンとも契約するわけですが、メルローズドクター・クレイトンの歌声にベタ惚れだったとか(これも前述のロバート・ロックウッド談)。
 メルローズはについては最近興味を持って調べはじめたんですけど、なかなか出典の明らかな資料がなくて、当時のミュージシャンの証言から拾い集めるしかなさそうですが、RCA VICTOR (BLUEBIRD)、DECCA、Vocalion/Brunswickなど (後にColumbia (OKeh))と契約していて、自分の契約ミュージシャンの録音を各社に振り分けていたようで、ドクター・クレイトンのにしても、正式にはRCA VICTOR (BLUEBIRD)向けのシンガーとして契約したものの、OKehから発売された録音もあったりします。

 まあ、JESSE CLAYTONドクター・クレイトン説を証明する手立てはありませんが、ディスコグラフィーを眺めながらいろいろ妄想を膨らますのも楽しいものです。

 

 

 

『フラット・フット・フルッジー (Flat Foot Floogie)』の本当の表記はどうなのよ?

 スリム・ゲイラード (Slim Gaillard) の初録音関係のことは以前投稿しましたが、今回は初の大ヒットとなった『フラット・フット・フルッジー』の曲のタイトルのはなし。

 しかしまだ数回しか投稿してませんが文体がバラバラです。そのあたりはそのときの気分と勢いなので特に統一する気もありません。その点はお許しください。

 最近のCD等に収録されている『フラット・フット・フルッジー』のタイトルのスペルを見ると"THE FLAT FOOT FLOOGIE" と表記されているものが多い。
 ところが、オリジナル盤であるVocalionのSP盤のレーベルを見ると"FLAT FLEET FLOOGEE"とある。同じ音源を使用したBrunswick盤も小文字を使用しているが表記としては同じだ。

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 この曲はGREEN BROS. & KNIGHTという音楽出版社からsheet musicと呼ばれるいわゆる楽譜が出版されているのだが、そこは"the Flat Foot Floogee"と表記されている。

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 この曲は、スタジオ録音としては1945年12月29日に再度録音されていますが、カリフォルニアのBEL-TONE RECORDSのために録音されたもので、チャーリー・パーカーが参加していることで有名なセッションのうちの1曲です。
そこでの表記は"FLAT FOOT FLOOGIE"です。
 ニュー・ヨークのMajesticから発売されたものも同じ音源ですが、表記は"FLAT FOOT FLOOGEE"となっています。(Majesticが音源を借りたか倒産したBEL-TONEの音源を買い取ったかどちらかだったと思いますが、今回は深掘り省略)。

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ここまでで、表記としては

"FLAT FLEET FLOOGEE"
"FLAT FOOT FLOOGIE"
"FLAT FOOT FLOOGEE"

の3種類。

 これは本人に伺うのが一番、ということで・・・ありました。レコード・コレクターズんp1986年1月号にスリム・ゲイラードのインタビューが掲載されています。
これは米国のジャズ/ブルース専門誌「ケイデンス (Cadence)」の1985年7月号に掲載されたものを日本語訳にして転載したもので、インタビュアーはダグ・ロング (Doug Long) という人で、インタビューは1982年06月16日イリノイ州シカゴで行われたとの説明があります。無断引用ですが入手困難な雑誌記事ですのでお許しを・・・

 ダグ・ロングが『フラット・フット・フルッジー』はもともと違う題だったとスラム・スチュワートから教えてもらったとの話に答えるかたちで、スリム・ゲイラードいわく「うん。〈フラット・フリート・フルッジー (Flat Fleet Floosie)〉だったんだよ。ザ・フラット・フリート・フルッジー・ウィズ・ザ・フロイ・フロイ・・・だったのさ。それがもともとわたしが書いたやつ。出版されるとき、それじゃだめだってんで変えたんだ。ほんとは、”フルッジー”の綴りもFLOOGEEとしなきゃいけないんだけどね」

 なるほど、出版の際に "Fleet" にケチがついたということですね。単語の意味まで調べると大変なことになりそうなので止めときますが、最初にVocalionから発売されたときのタイトル"FLAT FLEET FLOOGEE"がスリム・ゲイラードの意図するものだということになります。

 実は、Vocalion盤のこの曲の作者は"Gaillard-Stewart"になっているのに、BEL-TONE盤では"Greene"という名が加わっているのが不思議に思えてそのことも調べてたんですよ。
 Larry Birnbaum "Before Elvis: The Prehistory of Rock 'n' Roll"P-165 にそのことが載っていて、"Greene"というのが、音楽出版社GREEN BROS. & KNIGHTのBad Greenという人のことだと知ったわけです。
 で、この本には、スリム&スラムが1938年01月に"The Flat Foot Floozie"というタイトルで録音したもののVocalion側が"Floozie"という単語に難色を示したため再度録音したという趣旨の記述があるんですが、これは間違いということになりますね。

 

 少し話がそれましたが、『フラット・フット・フルッジー』に戻りましょう。

 作者のつけたタイトルは"FLAT FLEET FLOOGEE"だったにもかかわらず、現在は"FLAT FOOT FLOOGIE"として認知されてしまった。些細なことと思うかもしれませんが、とても重要な問題を含んでいると思うんですよ。特にインターネットの発達した時代では。

 試しにSpotifyの「検索」に"FLAT FLEET FLOOGEE"と入力してみましょう。1曲も出てきません。
 ところが"FLAT FOOT"と入力すると、後に続く単語が"FLOOGEE"と"FLOOGIE"の曲がゾロゾロ表示されます。Slim & SlamとSlim Gaillard以外にもLouis Prima,Wolfgang Lohr、Hot Swing Sextet、Django ReinhardtDjango Reinhardt Trio、Hugo Rasmussen,Jesper Thilo,Niels Jogen Steens Beatkapel、Dizzy Gillespie、Littllefats & Swingin' Hot Shot Party+Furarinnori、Cypress Jones、Niels Jorgen Steens Beatkapel、Louis  Armstrong、Pete Jacobs & His Wartime Radio Revue、The Mills Brothers、Keb' Mo'、Bar-Trio、Rosie Crazy Washboard Band、Finn Zieler, Kansas Stompers、Jon HendricksCecil Hill、Famous Peter Miller Jug Band、John Hendricks、Hornboskapen、The Moldy Suitcases、The Swinging Brothers、Hot Club De Frank・・・全部書き出そうともいましたが、あまりの多さに諦めました。
 iTunes Storeのほうも検索してみると、"FLAT FLEET FLOOGEE"は1曲も出てきませんが、"FLAT FLEET FLOOGIE"ではSlim and Slamのものが出てきます。
"FLAT FOOT FLOOGIE"で検索すると、Spotifyほどではありませんが、やはりたくさん出てきます。

 要するにSpotifyiTunes Storeの中では"FLAT FLEET FLOOGEE"というタイトルの曲は存在しないというわけです。

 音楽の楽しみ方はいろいろあって、いろいろな形で楽しめばよいと思うんです。だからストリーミングが主流になっても選択肢としてアナログ盤やCDを聴くことのできる環境というのは残して欲しい。あのレーザーディスク (LD) のようなことにならないようにしてほしいものです。

曲名のカタカナ表記はスリム・ゲイラードを高く評価し日本に紹介した故・中村とうよう氏の表記を尊重しました。

無数に存在するGUITAR SLIMのSpecialty音源の編集ヴァージョン

Guitar Slim
Specialty Recordings 1953.04.16.-1955.12.12.

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ギター・スリム (Guitar Slim; 1926.12.10.-1959.02.07.) の録音歴は1951年05月18日から1958年01月27日の間の12回のみ、そのうち半数の6回のセッションはスペシャルティ・レコードのためのもので、さらにその中の1回分は曲名の記録だけで録音は見つかっていないので、実質は5回(曲名の記録といってもメモのような代物で、同じタイトル曲は別の日に録音されてたりするので、個人的には、録音の予定は入れていたのを本人がすっぽかしただけで、見つかっていない録音はそもそもなかったと思いますが、どうでしょう・・・)。                               

そのスペシャルティへの録音で実際にシングル盤として発売されたものは8枚分の16曲。

Specialty 482 THE THINGS THAT I USED TO DO / WELL, I DONE GOT GIVE IT
Specialty 490 THE STORY OF MY LIFE / A LETTER TO MY GIRL FRIEND
Specialty 527 LATER FOR YOU BABY / TROUBLE DON'T LAST
Specialty 536 SUFFERIN' MIND / TWENTY-FIVE LIES
Specialty 542 OUR ONLY CHILD / STAND BY ME
Specialty 551 I GOT SUMPIN' FOR YOU / YOU'RE GONNA MISS ME
Specialty 557 QUICKSAND / THINK IT OVER
Specialty 569 SUM'THIN' TO REMEMBER YOU BY / YOU GIVE ME NOTHING BUT THE BLUES
最後の"SUM'THIN' TO REMEMBER YOU BY"は"SOMETHING TO REMEMBER YOU BY"と記載されることが多いんですけど、実際のシングル盤にプリントされているタイトル表記は"SUM'THIN' TO REMEMBER YOU BY"で、1970年にLPで発売されたときに"Something To Remember You By"というスペルになった。

そのLPに収録されているのは12曲。

A-1:The Things That I Used To Do [Specialty 482] (3:00)
A-2:Bad Luck Blues [unreleased] (2:55)
A-3:Well, I Done Got Over It [Specialty 482] (2:28)
A-4:Something To Remember You By [Specialty 569] (2:17)
A-5:Trouble Don't Last [Specialty 527] (2:56)
A-6:Guitar Slim [unreleased] (2:17)
B-1:The Story of My Life [Specialty 490] (2:59)
B-2:I Got Sumpin' For You [Specialty 551] (2:03)
B-3:Reap What You Sow [unreleased] (2:44)
B-4:Our Only Child [Specialty 542] (2:04)
B-5:A Letter To My Girl Friend [Specialty 490] (1:50)
B-6:Sufferin' Mind [Specialty 536] (2:28)

このLPで初のお披露目となった曲が3曲なので、ここまでで19曲。

そして、BluesやR&Bの復刻・編纂では定評のあるレイ・トッピング (Ray Topping) が、英国Ace Recordsで1987年に編集したLP ”GUITAR SLIM, EARL KING / BATTLE OF THE BLUES" [Ace CHD 169]で3曲を復刻します。

これで合計22曲

録音媒体はアナログのLP盤からデジタルのCDへと変化したものの、発売された曲が22曲ということに変わりはなく、別テイクがお披露目になった程度。

録音日ごとのデータはほかのブログで紹介してるので、発売順にまとめたものを一覧リストにしておくと、

(01)  THE THINGS THAT I USED TO DO [Specialty 482]
(02)  WELL, I DONE GOT GIVE IT  [Specialty 482]
(03)  THE STORY OF MY LIFE [Specialty 490]
(04)  A LETTER TO MY GIRL FRIEND [Specialty 490]
(05)  LATER FOR YOU BABY [Specialty 527]
(06)  TROUBLE DON'T LAST [Specialty 527]
(07)* SUFFERIN' MIND [Specialty 536]
(08)  TWENTY-FIVE LIES [Specialty 536]
(09)  OUR ONLY CHILD [Specialty 542]
(10)  STAND BY ME [Specialty 542]
(11)  I GOT SUMPIN' FOR YOU [Specialty 551]
(11)* I GOT SUMPIN' FOR YOU [alternate take]
(12)  YOU'RE GONNA MISS ME [Specialty 551]
(13)  QUICKSAND [Specialty 557]
(14)  THINK IT OVER [Specialty 557]
(15)  SUM'THIN' TO REMEMBER YOU BY [Specialty 569]
(aka SOMETHING TO REMEMBER YOU BY)
(16)  YOU GIVE ME NOTHING BUT THE BLUES [Specialty 569]

(17)  Bud Luck Blues [Specialty SPS-2120]
(18)  Guitar Slim [Specialty SPS-2120]
(19)  Reap What You Sow [Specialty SPS-2120]
(19)* Reap What You Sow [alternate take]

(20)  I Want To Love-A You
(20)* I Want To Love-A You
(21)  Certainly All
(21)* Certainly All
(22)  Going Down Slow

別テイクのある曲については(  )* としておきましたが、5曲だけです。

つまり、別テイクを1曲と数えても全部で27曲しかないのです。

聴き比べに使用したCDは以下の5種類

(a)  Ace Records CDCHD 318 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [1991.(UK)] 
(b)  Specialty/Fantasy SPCD-7007-2 "THE LEGENDS OF SPECIALTY SERIES - GUITAR SLIM : SUFFERIN' MIND" [1991.(USA)]
(c)  P-VINE PCD-1909 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [1993.04.10.(Japan)]
(d)  Oldays Records ODR6051 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [2015.04.29.(Japan)]
(e)  Jasmine Records JASMCD 3087 "GUITAR SLIM / THE COMPLETE SINGLES COLLECTION As & Bs 1951-1958" [2017.(UK)]
収録曲数 (a) 24、(b) 26、(c) 21、(d) 19、 (e) 30曲ですが、(e)はシングル盤のみを集めたものですから、Specialty音源は(01)~(16)までの16曲のみの収録です。

はじめからテイクは多くても2種類だと分かっていれば楽なのですが、聴き始めたときにはそのことが分からないので、これがなかなかやっかいでした。なぜかというと、編集されている曲が多いんです。

まずは、前回書いたとおり、1970年にオリジナルのテイクにオーバーダビングを施して擬似ステレオ化したアルバムSpecialty SPS-2120が発売されたこと、そして、そのステレオ・ヴァージョンをモノラル・ミックスしたアルバムが日本コロンビアから発売されたことから、アルバム収録の12曲については3種類のヴァージョンができてしまいました。
しかし、アルバムを制作する際にシングル盤のヴァージョンにオーヴァーダビングしたかというと、そうでない曲もあります。
全曲解説もできないわけではないのですが、自分で発見する楽しみがなくなってしまうので、このアルバム収録曲から2曲取り上げてみましょう。

アルバムB面5曲目の (04) "A LETTER TO MY GIRL FRIEND" です。この曲のオリジナル・シングル・ヴァージョンは、曲をはじめる前にギター・スリムの語りがあり、続いてイントロが12小節の典型的なブルース形式の曲です。しかし、アルバム・ヴァージョンでは曲前の語りはありますが、イントロ2小節でいきなり歌がはじまります。つまりイントロ10小節分カットしてます。一方、(d)盤では語りの部分がカットされています。
なお、この曲にはギター・ソロがありますが、半小節カットされているような気がします。12小節に少し届かないので聴いていて拍子抜けします。

つぎは、シングル発売されなかった曲、アルバムA面6曲目の (18) "Guitar Slim" です。この曲のアルバム・ヴァージョンは曲前に会話が入ります。いわゆるトークバックというやつです。名前を尋かれ、ギター・スリムがそれに答えます。尋いているのはおそらくスペシャルティ・レコードのオーナー、アート・ループ (Art Rupe) でしょう。なぜなら、アート・ループがプロデュースしたのはこのセッションがはじめてだからです。この曲のアルバム・ヴァージョンはサックス・ソロがまるごとカットされています。CD(a)~(d)はすべてサックス・ソロ入りになっていますが、(b)盤と(d)盤は会話部分がカットされたヴァージョンです。この曲のギター・ソロも半小節カットされているような気がするのですが・・・

と。まあ、こんな具合です。

リイシュー音源すべてを聴くためには (a) と (d) を揃える必要がありますね。

スペシャルティ・レコードの音源は現在コンコードが所有しているようなので、コンゴのリイシューに期待したいところです。 

Ace Records CDCHD 318f:id:koichi65oba:20180402185700j:plain

Specialty/Fantasy SPCD-7007-2f:id:koichi65oba:20180324081934j:plain

P-VINE PCD-1909f:id:koichi65oba:20180403103425j:plain

Oldays Records ODR6051f:id:koichi65oba:20180403103452j:plain

Jasmine Records JASMCD 3087f:id:koichi65oba:20180324083452p:plain

 

名盤は迷盤!!Guitar Slim の アルバム"THE THINGS THAT I USED TO DO"

Specialty SPS 2120 (1970.)
"The Things That I Used To Do"
A LEGENDARY MISSISSIPPI BLUESMAN AND HIS SOUL BAND
Guitar Slim

f:id:koichi65oba:20180325023906j:plain                               上の画像はVIVID SOUND VS-2001

灯台下暗し

いままで何度も聴いてきたギター・スリム (GUITAR SLIM; 1926.12.10.-1959.02.07.) のヒット曲 "THE THINGS THAT I USED TO DO"はSP盤を持っているのでそちらを聴くことが多かったのですが、モノラル用のアンプが壊れた。
そんで、この曲が収録されている同名タイトルのアナログ盤を引っ張り出してきて久しぶりに聴いていたわけですが何かヘン?

このアルバム、アナログ盤時代に日本盤LPとして2回発売されてます。

日本コロムビア SL-5090-SP [1974.09.25.発売]
ヴィヴィド・サウンド VS-2001 [1979.02.10.発売]

ちなみに解説は故中村とうよう氏、ヴィヴィド・サウンド盤の解説は日本コロンビア盤の流用です。
はじめにターンテーブルにのせたのが日本コロムビア盤で、なんとなく違和感があったので、確認のためヴィヴィド・サウンド盤を聴いてみると明らかにギター、ベース、オルガンなどをオーヴァーダビングして左右にふりわけステレオ化している。いわゆる擬似ステレオ!
日本コロムビア盤にははっきりと「MONAURAL」とプリントされているのでもう一度聴き直してみましたが、モノラルではあるけれど、本来入っていないはずのオルガンやギターのオブリガードが聴こえます。
なんじゃコレ?!ってなったわけです。

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もともとこのアルバムはギター・スリムが1953~1955年にスペシャルティ (Specialty) に遺した録音を集めたアルバムで、1970年に [Specialty SPS-2120] として米国で発売されています。
ネットで調べてみると、このアルバムはそもそもステレオ盤として発売されていたようですね、恥ずかしながら知らなかった・・・
2017年に株式会社スペースシャワーネットワークから発行された書籍「アナログ・レコードで聴くブルース名盤50選」[ブルース&ソウル・レコーズ編]にも載っていて、そのあたりのことも言及されてました。(ただし日本コロムビア盤の発売は1973年ではなく1974年です。)

米国では1972年に早くもリイシューされていてラベルが変更されているんですが、レコード番号は同じく [SPS-2120] となっています。スペシャルティのレコード番号の記号部分はモノラルは [SP-xxxx]、ステレオは[SPS-xxxx] なのでリイシュー盤もたぶんステレオ盤だと思うのですが・・・

ってことは、米本国から送られたステレオ・ミックスのテープをわざわざモノラルにミックスし直したってことでしょうか?

へ~そうなんだ、で終われば良いものを掘り下げてみたくなる悪い癖が出てしまい、うちにあるギター・スリムのCDを探索して見つかったのが

(a)  Ace Records CDCHD 318 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [1991.(UK)] 
(b)  Specialty/Fantasy SPCD-7007-2 "THE LEGENDS OF SPECIALTY SERIES - GUITAR SLIM : SUFFERIN' MIND" [1991.(USA)]
(c)  P-VINE PCD-1909 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [1993.04.10.(Japan)]
(d)  Oldays Records ODR6051 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [2015.04.29.(Japan)]
(e)  Jasmine Records JASMCD 3087 "GUITAR SLIM / THE COMPLETE SINGLES COLLECTION As & Bs 1951-1958" [2017.(UK)]

すべてモノラル音源で、オーヴァーダビングをしたアルバム・ヴァージョンの音源は使用されていないと思います。

唯一、
(f)  TEICHIKU 30P-270 "GUITAR SLIM / THE THINGS THAT I USED TO DO" [1988.(Japan)]
が、オーヴァーダビングをしたアルバム・ヴァージョンを収録したものとして考えられますが、未確認。
(収録はアルバムと同じ12曲、解説:鈴木啓志。テイチク洋楽部門はミュージック・マガジンやブラック・ミュージック・リヴューには広告も出していないので詳細は分からない。)レココレのレヴューは井上厚。発売当時、価格が高く収録曲が同じだったのでテイチク盤の購入は止めた覚えがあります。

スペシャルティ・レコードはときどき未発表曲や別テイクをぶち込んでくるので、侮れないレーベルなのです。

それを分かっていながら、聴き比べという底のない沼に足を踏み込んでしまったのでした。

長くなりそうなので、また次回・・・

Ace Records CDCHD 318f:id:koichi65oba:20180402185700j:plain

Specialty/Fantasy SPCD-7007-2f:id:koichi65oba:20180324081934j:plain

P-VINE PCD-1909f:id:koichi65oba:20180403103425j:plain

Oldays Records ODR6051f:id:koichi65oba:20180403103452j:plain

Jasmine Records JASMCD 3087f:id:koichi65oba:20180324083452p:plain

 

他人の名前で出ています~EDDIE BOとHUEY SMITH、ふたつの"WE LIKE MAMBO"

ACE RECORDS 515
"I'M SO TIRED / WE LIKE MAMBO" EDDIE BO

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ここに1枚のSP盤がある。
片面は"I'M SO TIRED"、もう片面は"WE LIKE MAMBO"という曲名でEDDIE BO (エディ・ボー)というミュージシャンの名がプリントされている。
このレコードを発売したのはACE RECORDS、ジョニー・ヴィンセント (Johnny Vincent; 1927.10.03.-2000.02.04.) が1955年に立ち上げたレーベルだ。
そして、エディ・ボー (Edwin Joseph Bocage; 1930.09.20.-2009.03.18.)といえばピアニスト&シンガーであり、プロデューサー、レーベル・オーナーなど多彩な面を持ったニューオーリンズの音楽にはなくてはならない人だった。

ところで"WE LIKE MAMBO"という曲はエディ・ボーが演奏しているのではなく、作者 (Smith) とクレジットされているHUEY SMITH (ヒューイ・スミス) 自身がピアノを弾いて、コーラスのゲェリ・ホールらの仲間で録音したものだったよなぁ~と、久しぶりにこのSP盤を聴いていて思い出したのが2ヶ月ほど前のことか・・・

youtu.be

最近記憶力があいまいなんで、自分のiTunesライブラリを検索してみると、出てきたのがこのCD "In the Pocket With eddie bo : New Orleans Rock&Roll, R&B, Soul & Funk Goodies 1955-2007"[Vampi Soul VAMPI 095]

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そんなはずないだろうと、ストアのほうを検索すると、

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なんだコレ?
試聴用のものを聴いてみたところ、全て同じ音源に聞こえる。
念のためSpotifyで検索したところ、この一択のみ。

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いやいや、そんなはずはない。
読み直しましたよ、ニューオーリンズ音楽に関する名著2冊、『I HERE YOU KNOCKIN'』『NEW ORLEANS MUSIC GUIDE BOOK』

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CDも探し出しました。『ヒューイ・ピアノ・スミスハヴィング・ア・グッド・タイム』[P-VINE PCD-93016]

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やっぱり記憶違いなんかじゃない。ヒューイ・スミスの演奏だ!
極めつけは、これ!

f:id:koichi65oba:20180318072056j:plain"HUEY PIANO SMITH / IT DO ME GOOD" [CHARLY 647X (2012.)]
ACEの音源は一切収録されていないのですが、中を開くと

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ドーナッツ盤の中央が、犯人のジョニー・ヴィンセント!痛快です。
そして、2ヶ月かけてようやく見つけた証拠画像・・・無断借用です、スミマセン。

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SP盤の修正ヴァージョンは見つかりませんでした。

あれ?ヒューイ・スミスについて何も書いていなかった。

経歴不詳のWillie (Boodle It) Right、そしてRoosevelt Sykesのバックでエレキギターを弾くのは・・・

前々回から引っ張りに引っ張った、謎のシンガーWillie (Boodle It) Rightですが、分かりませんでした。スミマセン。
そりゃそうですよね、研究者が不明としているんですから分かるはずありません。
代わりと言っては何ですが、1942年のルーズヴェルト・サイクス のセッションで少しトレモロのかかったようなギターを弾くのは誰なのかを推測してみました。妄想ですけども・・・

はなしが飛びますが、同じトップ画像が続いたので変えてみました。
"BLUES AND GOSPEL RECORDS 1890-1943"というディスコグラフィーです。古い時代のBluesGospelを聴く人にとってはバイブルのようなモノです。1997年に出版された第4版です。今回もこのディスコグラフィーに大活躍していただきました。

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一応、Willie (Boodle It) Rightを調べる過程で分かったことをメモしておきます。
彼の録音が行われたのが1940年10月07日のシカゴ、この日
8曲が録音されます。
そのうち発売されたのがSP盤3枚 (6曲)
OKeh 05959 "DOWN SOUTH BLUES / MEAN OLD CAPTAIN BLUES"
OKeh 06008 "LITTLE BEE / SUNNY LAND BLUES"
OKeh 06057 "MY BLUES COME DOWN AT MIDNIGHT / WEST TEXAS BLUES"

マトリックス番号はC-3377-1~C-3384-1ですが、前後の録音は突きとめました。
直前の録音はTHE PRAIRIE RAMBLERS名義で発売されたOKeh 05892というSPレコードの両面に収録されていました。
C-3375-1 BEAVER CREEK
C-3376-1 GOOD OLD FASHIONED HOEDOWN
カントリー系のミュージシャンかと思いますが、何曲録音されたのかは分かりません。
そして、Willie (Boodle It) Rightの録音の直後のはYAS YAS GIRLとして知られるMARLINE JOHNSONでした。これも同じ1940年10月07日に8曲録音されています

*日付ごとのディスコグラフィーを作成中でして、完成した部分は日付部分にリンクを貼ってありますので、詳細データに飛びます。
Yas Yas Girl (vocal), probably Joshua Altheimer(piano), probably Fred Williams (drums)
C-3385-1 YOU KNOW IT AIN'T RIGHT
C-3386-1 MAN TO MAN
C-3387-1 YOU KNOW IT AIN'T RIGHT
C-3388-1 SEE SAW BLUES
C-3389-1 BLACK GHOST BLUES
C-3390-1 WORRIED HEART BLUES
C-3391-1 MILK MAN BLUES
C-3392-1 GOT THE BLUES FOR MY BABY
"probably"とはされていますが、伴奏はWillie (Boodle It) Rightの録音と同じくピアノが
Joshua Altheimer、ドラムスがFred Williamsで、彼らはレスター・メルローズの録音でしばしば起用される今で言うところのスタジオ・ミュージシャンです。
結局、Willie (Boodle It) Rightは1度の録音のチャンスはつかみましたが、メルローズの期待ほどレコードは売れず、長期契約には至らなかったミュージシャンのひとりだったのでしょう。

いや~1枚のCD『BLUE 88s : Unreleased Piano Blues Gems 1938-1942』でずいぶん楽しめるモノです。

さて、1942年04月16日ルーズヴェルト・サイクス のセッションでトレモロというかレスリー・スピーカーを使ったような少し揺れ気味のエレキギター・サウンドを聴かせてくれるギタリストは誰だろうという話、これはほぼ妄想に近いのですが・・・

youtu.be

1940年代初頭のシカゴのギタリストと言えば、ビッグ・ビル・ブルーンジー (Big Bill Broonzy)、ロニー・ジョンソン (Lonnie Johnson)、ロバート・ロックウッド・ジュニア
 (Robert Lockwood Jr.) etc.あまたいるわけで、エレキギターと無縁と思われるギタリストがエレキを絶対に弾いていないとはいえないわけですが (今挙げた3人はギターのフレーズ的になさそうですが)、ビル・ゲイザー (Bill Gaither、本人もギタリスト) のバックを務めたことのある Jessie Ellery というギタリストは、チャンピオン・ジャック・デュプリー (Champion Jack Dupree) の1941年11月27日のセッションでエレキギターを弾いていてこの人も捨てがたいところ・・・

しかし、ここはあえて、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップ (Arthur "Big Boy" Crudup) と言いたい!
妄想ですよ、妄想、でもいちおう可能性としてはありそうなんです。

アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップは後にエルヴィス・プレスリーが『ザッツ・オール・ライト "THAT'S ALL RIGHT"』をカヴァーしたことで知られますが、自己名義での初録音は、1941年09月11日BLUEBIRDのためのもの、2回目の1942年04月15日の録音 (ルーズヴェルト・サイクスの録音の前日) ではエレキギターを使っています。

それ以前に他の人のバックでの録音経験もないようで、まだ、2回しか録音経験のないド新人、「おい、明日も来て録音手伝えや!」と雇い主のレスター・メルローズに頼まれれば断れませんし、メルローズとしてはBLUEBIRDに売り込んだ手前、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップの名前は使えないので記録に遺さなかった。という筋書きはいかがでしょうか?

加えて、アーサー・ビッグ・ボーイ・クルーダップレスター・メルローズとの付き合いも長く、メルローズが引退するまで彼と契約をしていた数少ないミュージシャンなんです。f:id:koichi65oba:20180313051530j:plain

なんだかんだと、謎解きからはじまり妄想で終わるのでした。

ともあれこのCD『BLUE 88s : Unreleased Piano Blues Gems 1938-1942 はお薦めです。まだ未発売音源あるんでしょうか?続編あったらうれしいな!

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謎のシンガーPoor Boy Burke、そして弾き人知らずのピアニストを追う

前回、未発売音源満載のCD『BLUE 88s : Unreleased Piano Blues Gems 1938-1942』を紹介したのですが、経歴不詳のシンガーPoor Boy BurkeWillie (Boodle It) Rightの正体が気になるわけで・・・f:id:koichi65oba:20180311053027j:plain

このCD4人の録音が収録されていますが、CDのジャケットに3人の画像 (点描画?) があるじゃないですか。
ルーズヴェルト・サイクス (Roosevelt Sykes) 、カーティス・ジョーンズ (Curtis Jones) そしてもうひとり、見覚えのある顔です。CDの英文解説 (Mark Humphrey) を読むと"Poor Boy Burke"は"St. Louis Jimmy Oden ?"と記述されてました。セント・ルイス・ジミー・オデン (以下「セント・ルイス・ジミー」) のCD持ってますよ。Document Records DOCD-5234 "ST. LOUIS JIMMY ODEN : Complete Recorded Works In Chronological Order Volume 1 1932-1944"です。Document盤のジャケット写真を反転させた画像が使用されてます。左胸あたりにポケット・チーフのような白いモノが見えるので、Document盤の方が正しい向きの画像でしょう。
f:id:koichi65oba:20180311082335j:plainDocument盤の音源自体はiTunesに取り込んでありますが、CD自体はダンボル箱詰めして10段重ねの1番下にあるので、さすがに現物取り出して解説を確認するのは止めましたが、そのCDには"Old Vets Blues"が収録されているじゃないですか。同社のウェブ・ストアを覗いてみると"16. Old Vets Blues - St Louis Jimmy Oden (as by Poor Boy Burke)"と断定的に表示されてます。
セント・ルイス・ジミーのほかの曲と聴き比べてみましたが、同一人ということを否定できるような違いはなく、ほぼ間違いないでしょう。彼の本名は"James Burke Oden"なので、"Poor Boy Burke"という名のシンガーをデッチ上げても不思議はない。

シカゴといえばChess Recordsが有名ですが、マイナー・レーベルが多く登場するのは1940年代半ば過ぎです。これはテープでのレコーディングが可能になったことが関係するのかもしれません (詳しく調べてみたいとは思ってますが・・・)。1940年代はじめ頃までは、レコードの発売は大手レコード会社が行っていました。地方での録音、例えばシカゴではレスター・メルローズ "Lester Melrose" メイヨ・ウイリアム "J. Mayo Williams" といった企業家が地元ミュージシャンと契約し、録音した音源を大手レコード会社に供給していました。
メルローズはBLUEBIRD、Vocalion、DECCAなどに音源を供給していましたが、1938年からCBS傘下のOKehレーベルへの音源供給がはじまります。どのミュージシャンをどこのレーベルへ供給するかはメルローズの判断次第です。ひとりのミュージシャンを別のレーベルに違う名前で・・・というのは常套手段という訳です。

セント・ルイス・ジミーインディアナ州リッチモンドでの初録音は"Jimmy Oden"名義でChampionレーベルから発売されましたが、その後おそらくメルローズ と契約したのだと思います (推測です)。彼の元での録音は、BLUEBIRDでは"Jimmy Oden"または"St. Louis Jimmy"名義で、DECCAでは"Old Man Oden"名義で発売されています。
BLUEBIRDレーベルからレコードを発売していたドクター・クレイトン "Doctor Clayton"を"Peter Cleighton"名義でOKehへ売り込むなんてこともしています。

"Poor Boy Burke"のはなしにもどります。 

前回投稿で録音データをCDの曲順ではなく録音日順に並べたのは訳があります。1941年11月21日の録音は2人のミュージシャンの録音のマトリックス・ナンバーが連続しているからです。再度掲載しますが、

ROOSEVELT SYKES
1941.11.21. Chicago
Roosevelt Sykes(v/p), poss.Alfred Elkins(sb)
C-4054-1 Mellow Queen Swing [unissued, M-06]
C-4055-1 Floating Power Blues [unissued, M-07]
C-4056-1 Make Up Your Mind [unissued, M-08]
C-4057-1 TRAINING CAMP BLUES [OKeh6709, M-09]
C-4058-1 Back Biting Snitchers [unissued, M-10]
C-4059-1 You Got To Run Me Down [unissued, M-11]
C-4060-1 From The Cradle To The Grave [unissued, M-12]
C-4061-1 Motherless Child [unissued, M-13]

POOR BOY BURKE
1941.11.21. Chicago
Poor Boy Burke(v), unknown(p), uknown(sb)
C-4062-1 Your Loving Ways [unissued, M-04]
C-4063-1 Old Vets Blues [unissued]
C-4064-1 This Is The Truth [unissued]
C-4065-1 Bad Condition Blues [unissued, M-05]

資料に使っているディスコグラフィーは"Blues & Gospel Records 1890-1943 Fourth Edition" [1997] です。いや~読みました。
レコード番号から推測するという方法もありますが、1941~42年となるとそうはいきません。世界は戦争へ突入しレコードの発売自体が少なくなります (だから、未発売音源が発見されたということもありますが・・・)。
マトリックス・ナンバーと録音年月日でこの前後の録音を調べたわけです。3日間も!我ながらバカですね~
録音されたのがBluesとは限らないので、OKehレーベルのレコード番号のリストも調べましたが、結局、このセッションの前の録音は分かりませんでした。
この後の録音は分かりました。

チャンピオン・ジャック・デュプリー"Champion Jack Dupree"がC-4066~C-4073まで、ビル・ゲイザー"Bill DGaither"がC-4074~C-4081と続きますが、これら1941年11月28日の録音です。
つまり、1941年11月21日は"Poor Boy Burke"の録音が最後なんです。
メルローズが関わったと思われる録音は、1回のセッションで8曲以上録音することが多いのですが、"Poor Boy Burke"の4曲というのは少ない。テスト用あるいはオーディション用とも考えられますが、1日の最後の録音ですから、その日たまたま録音が順調に進み、時間と録音用のディスクが余っていた。そして、たまたま、セント・ルイス・ジミーが録音現場にいた、と考えるのはどうでしょう?
そうすると、弾き人知らずのピアノとベースはルーズヴェルト・サイクス
ルフレッド・エルキンスこの2人は普段からセント・ルイス・ジミーの録音の伴奏を務めることが多かったので、リハーサルなしで録音できますよね。CDでは4、5曲目が"Poor Boy Burke"で、6曲目からルーズヴェルト・サイクスなんですが聴いていても伴奏が変わったという印象はありません。
1941年11月21日の録音をはさんで、1941年11月11日1942年03月25日セント・ルイス・ジミー名義の録音がありますが、そのときのピアノとベースもこのふたりです。

そうそう、CDの英文解説にも、これらの音源を発見したとき復刻企画プロデューサーのローレンス・コーンは「このサウンドはサイクスのようだ」と言ったとか。

予想より長くなってしまって、もうひとりの謎のシンガー"Willie (Boodle It) Right"までたどり着けませんでした。そちらは後日ということで・・・

 

 

http://hw001.wh.qit.ne.jp/ko-1jive/index.html